那覇市奥武山にある首里泊手系の史跡「船越義珍顕彰碑」をご紹介します|沖縄伝統空手道振興会
那覇
沖縄本島の玄関口である那覇空港にもほど近く、国際的な水鳥の生息地として、ラムサール条約で保存地域にも指定されている干潟「漫湖」の河口付近に位置する「沖縄県立奥武山公園」の一角に、空手愛好家であれば誰もが知るその偉人の顕彰碑があります。その人物の名は船越義珍(1868年-1957年)。首里手の大家 安里安恒に師事し、後に日本本土で空手の普及につとめ、没後に松濤館流開祖とされた著名な空手家です。また船越は、当時使われていた「唐手」という表記を「空手」に改めた人物としても知られており、その数々の功績から「近代空手の祖」と称されています。船越義珍を流祖とする松濤館流は、現在世界中で最も愛好家が多い流派と言われています。
そんな船越義珍の功績を称える顕彰碑が、公園内にある神社「琉球八社 沖宮(おきのぐう)」の鳥居のそばにあります。碑には船越が残した「空手二十ヶ条」に記された「空手に先手なし」の文言が刻まれており、船越の生い立ちや経歴、成しえた業績と共に、その志を現生の空手愛好家に伝えています。